広島高等裁判所 昭和29年(う)360号 判決 1954年8月09日
控訴人 被告人 白川サキノ
弁護人 下向井貞一
検察官 中根寿雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人下向井貞一の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次の通りである。
論旨第一点(事実誤認、法令適用の誤)について
しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決認定の如く、被告人は新谷ツヤコから同人の母の病気につき祈祷の依頼を受けたのを奇貨とし、同人に対し「あんたのお母さんには外道がついているその外道を神様に頼んでとつてあげる、そのかわり金十万円出せ、出さぬとお前の母の生命が危い」とか「五万円ではこらえられんからもう五万円程持つて来い、惜しいのなら持つて来んでもよいがそのかわり命はないぞ、菅原の一統は全滅じや」とか「先日出した十万円の金は出ししぶつたので外道の神が怒つて家族全部を殺すとのお告げであつた、それを静めるには四万円持つて来て祈祷せよ」とかその他原判示のような言辞を次々と申し向けて同人等を畏怖させた上、十一回に亘り合計金三十二万七千円を交付せしめてこれを喝取した事実を認めるに十分であつて、記録を精査するも原判決の認定に誤があるとは認められない。所論は、被告人は被害者の依頼に基き神の意思を媒介通訳したに過ぎず、且つ該金員につき自己領得の意思もなく犯意はなかつた旨主張するけれども、本件は前記のように、同一被害者に対し実に十一回に亘り次々と種々の言辞をかまえて執拗に出金方を要求し、且つ該金員も全部被告人において取得したと認められることなどの点から見るも、被告人には本件犯意のあつたことを窺い知るに十分であるというべく、到底これを否定することはできないものといわねばならない。更に所論は、本件は詐欺であつて恐喝ではないと主張し、前記恐喝行為において告知された害悪の内容が虚偽のものであることは推測するに難くないところであるけれども、被害者が右金員を交付するに至つたのは畏怖の念に基いたものであることは前記被害者の供述等によつて明らかであるところ、恐喝行為において告知された害悪の内容が虚偽のものを含んでいるとしても、それが相手方を畏怖させるに足り且つ相手方の財物交付が畏怖に基いた場合においては恐喝罪を以て論ずべく、詐欺罪を以て論ずべきものではない。なお本件は被告人の祈祷によりその害悪から逃れ得るものとして告知されたものであることは原判示事実自体に徴し明らかなところである。要するに、記録を精査するも原判決には所論のような事実誤認、法令適用の誤等はない。論旨は理由がない。
論旨第二点(量刑不当)について
記録に現われた事実により諸般の情状を精査するに、本件はその手段方法において悪質なものがあり犯情軽くないものがあるけれども、被告人には前科もなく且つすでに年令五六才を超えた婦女であることその他所論の事情を考慮するときは、原判決の科刑は重きに過ぎるものがあると認められる。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当審において左のとおり自判する。
原判決の確定した事実に原判決の判示法条を適用した上被告人を懲役一年六月に処し、なお原審における未決勾留日数の算入につき刑法第二一条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項に各従い主文のとおり判決する。
(裁判長判事 柳田躬則 判事 尾坂貞治 判事 石見勝四)